歴史から学ぶ「福山」郷土の偉人たち

第52回 市右衛門 (いちえもん)[?–1670]

《幻の焼物「姫谷焼(17世紀の初期色絵磁器の一つ)」を生んだ陶工》

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第51回は、幻の焼物「姫谷焼(17世紀の初期色絵磁器の一つ)」を生んだ陶工 市右衛門(いちえもん)[?–1670]を取り上げました。
《わずか20年で歴史の舞台から忽然と消えた、謎に包まれた「姫谷焼」》
ぜひご一読ください。
    
    市右衛門は、江戸時代前期、備後国安那郡広瀬村姫谷(現・広島県福山市加茂町百谷)で幻の焼物「姫谷焼」を生み出したと伝えられる陶工です。しかし、その生涯は謎に包まれ、詳しいことはほとんど分かっていません。
    姫谷焼は、肥前窯(現・佐賀県有田)の高度な磁器製造技術を取り入れた焼物です。1660年代から1685年頃までの約20年間生産され、その後廃窯したことから「幻の焼物」と呼ばれています。17世紀の日本で本格的に焼かれた色絵磁器は、肥前の伊万里焼と、その一様式とされる古九谷様式、そして備後の姫谷    窯跡は福山市加茂町百谷地区北部の国道182号線沿いの山中にあり、発掘調査で斜面を利用した登窯2基が確認されました。出土した白磁・染付・鉄絵などの磁器や陶器、窯道具などは福山市重要文化財に、窯跡は広島県史跡に指定されています。
    姫谷焼の最大の特徴は、伊万里焼の技術を基礎としながら、京焼の優雅な美意識を取り入れた独自の作風にあります。当時の色絵磁器は中国風の意匠が多く、余白を生かした和風の美しさが際立つ姫谷焼は、洗練された色絵として高く評価されています。日用品はほとんど作られず、茶碗などの茶道具や染付皿    市右衛門の素性には、いくつかの説が伝えられています。〈主なものは、左記の通り〉
① キリシタン陶工逃走説/京の陶工・高原五郎七は加藤清正が朝鮮から連れ帰った陶工で、初代柿右衛門の師とも伝えられています。五郎七がキリシタン弾圧を逃れて肥後へ移った際、その高弟とも伝えられる市右衛門は、加藤清正の正室が福山藩主・水野勝成の妹という縁を頼って福山へ移住し、姫谷で色絵磁器を焼いたとする説です。姫谷焼と伊万里焼・柿右衛門様式の技術的なつながりを示す伝承として知られています。
② 駆け落ち伝説/京の陶工と公卿の姫が駆け落ちして姫谷に窯を開いたという伝説です。鮮やかな赤絵は人の血で描かれたという逸話が残されています。
③ 水野勝成関与説/江戸時代後期に編纂された郷土史『西備名区』には、福山藩主・水野勝成が放浪時代に姫谷の陶工のもとで作陶し、藩主となった後にその陶工に経済的援助をしたという記述があります。しかし、勝成の放浪期と姫谷焼の成立年代が一致せず、現在では誤伝と考えられています。
    市右衛門の実在を示す物証として、窯跡近くに墓石が残されています。また、正福寺(福山市加茂町下加茂)の過去帳には、姫谷の焼物師・市右衛門の法名とされる記載があります。しかし、後の調査で江戸時代後期に記されたものと判明し、その信頼性について再検討が行われました。
    水野家改易後、この地域は豊後中津藩の飛地領となり、関係資料もほとんど残されていません。そのため、市右衛門の足跡や姫谷焼が短期間で忽然と姿を消した理由は、今なお謎のままです。それでも、市右衛門が残した作品は、希少な初期色絵磁器の名品として珍重されています。
    
※17世紀の本格的な色絵磁器は、肥前の伊万里焼、加賀(現・石川県)の九谷焼、備後の姫谷焼の3つだけと長らく言われてきました。しかし、発掘調査などの結果、かつて「古九谷」とされた代表的な伝世品の多くは、加賀ではなく肥前有田で焼かれたものと考えられるようになり、現在では伊万里焼の一様式「古九谷様式」と呼ばれています。九谷でも17世紀の色絵磁器片は少数出土していますが、本格的な生産地とみるには至っておらず、当時、色絵磁器を本格的に生産した地域は、肥前と備後の2か所とみられています。
    

姫谷焼の色絵牡丹文皿
(写真提供:平地茂雄氏)
    

市右衛門の墓
    

楼閣山水文銹色絵皿
(写真提供:平地茂雄氏)
    

桃文色絵菱形皿
(写真提供:平地茂雄氏)
    
    
《参考文献》
・『姫谷焼 ー姫谷焼窯跡発掘調査報告ー』
  福山市教育委員会
  福山市文化財協会 1980年
    
・『文化財ふくやま 第13号』
  福山市文化財協会 1978年
    
・『陶器全集 第32巻 姫谷』
  下中邦彦
  平凡社 1966年
    
・『目の眼 1994年5月号』
  目の眼 1994年
    
・『姫谷案内 ーコレクターが追った幻ー』
  関和男
  創樹社美術出版 2013年
    
・『姫谷焼の陶片資料』
  和田正巳・福永伸哉
  真陽社 2013年
    
・『備後文化シリーズ第4集 備後のやきもの』
  村上正名
  児島書店 1969年
    
・『姫谷焼と福山藩内の近世陶磁器窯跡』
  広島県立歴史博物館 2018年
    
・『日本の色絵磁器 ー姫谷、伊万里、九谷ー』
  福山市立福山城博物館 1988年
    
・『福山市立福山城博物館友の会だよりNo.24』
  福山市立福山城博物館友の会事務局
  福山市立福山城博物館友の会 1994年
    
・『福山市立福山城博物館友の会だよりNo.6』
  福山市立福山城博物館友の会事務局
  福山市立福山城博物館友の会 1976年
    
・『図説 発掘が語る日本史 第五巻 中国・四国編』
  坪井清足
  新人物往来社 1986年
    
・『山野村語伝記』
  世良戸城
  山野村語伝記刊行会 1974年
    
・『目の眼 1978年5月号』
  目の眼 1978年
    
    
《協力》
・正福寺
    
・原古美術
    
・平地茂雄氏(古伊万里・姫谷焼コレクター)
    
・福山市中央図書館
    
    
[初出:FMふくやま月刊こども新聞2026年9月号]