歴史から学ぶ「福山」郷土の偉人たち

第48回 桑田 笹舟 (くわた ささふね)[1900–1989]

《平安古筆の美の近代化に生涯をかけた書家》

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第48回は、平安古筆の美の近代化に生涯をかけた書家 桑田 笹舟(くわた ささふね)[1900–1989]を取り上げました。
《平安時代以来の「かな」の伝統を受け継ぎ、新しい「かな」の世界を切り拓く》
ぜひご一読ください。
    
    現代かな書道の礎を築いた日本を代表する書家・桑田笹舟(本名・桑田明)は、1900(明治33)年、広島県深安郡坪生村(現・福山市坪生町)に生まれました。地元の小学校、岡山県後月郡西江原村(現・井原市西江原町)の興譲館中学校(現・興譲館高等学校)を経て、1922(大正11)年に神戸市立臨時教員養成所へ進学。ここで名書家の安東聖空に師事し、かな書や漢字を体系的に学び、古筆の研究を始めました。
    1924(大正13)年には文部省(現・文部科学省)の教員検定試験に合格し、教員を続けながら、古筆研究家・田中親美の指導を受け、平安古筆の研究に取り組みました。同年、一楽書学院を設立、「笹舟」と号し本格的に書家として歩み出しました。
    昭和初期に『かなとうた』を刊行、関西書壇で注目を集めました。1932(昭和7)年に関西書道会展、東方書道会展で最高賞を受賞すると、その名は全国に知られるようになりました。1940(昭和15)年に教職を退いた後は、創作活動と後進の育成に専念するとともに、生涯を書の道に捧げる決意を固めました。
    戦後、日本社会が大きく変化するなかで、笹舟はかな文化の再生と発展に尽力。1951(昭和26)年の日展特選をはじめ、主要展覧会で高い評価を受け、1956(昭和31)年には「現代書道二十人展」に出品。以後、日本かな書道界を代表する存在として活躍し、1970(昭和45)年には日本芸術院賞を受賞しました。
    笹舟の書の特色は、古典研究に裏打ちされた端正さと、現代的な躍動感の調和にあります。余白を生かした構成、流れるような線、墨の濃淡やかすれの巧みな表現によって、静けさの中に力強い生命力を宿す作品世界を築きました。1960年代以降は、屏風や額に大字のかなを書く「大字かな」に取り組み、かな書の新たな可能性を切り拓きました。
    さらに笹舟は、かな文字を書くために特別に加工・装飾された美しい紙である料紙研究の分野でも大きな功績を残しました。古典料紙の復元や研究を通して、書と紙の調和という日本独自の美意識を現代に伝えたことは、学術的にも高く評価されています。
    また、教育者としての笹舟は、「書は人なり」という信念のもと、技術だけでなく人格の陶冶を重視した指導を行いました。月刊誌『書芸公論』『書道笹波』を刊行し、理論と実技の両面から後進を育成しました。門下からは実子の桑田三舟をはじめ、多くの優れた書家が育ち、日本書道界の発展に大きく貢献しました。
    笹舟は、平安の美意識を現代に蘇らせ、伝統を尊びながらも常に新しい表現を求め続けた書家でした。その生涯は、伝統を学ぶことこそ未来を切り拓く力となることを、私たちに教えています。笹舟が遺した「かな」の美は、今なお日本文化の貴重な財産として輝き続けています。現在、笹舟の作品や資料は、ふくやま書道美術館などに収蔵されています。
    
    

写真提供 : ふくやま書道美術館
    

桑田笹舟の作品『あかつちは』
〈写真提供 : ふくやま書道美術館〉