備後の経営者群像

第6回 小松 安弘 (こまつ やすひろ) [1937-2017]

《「忍(がまん)」の経営を50年貫き、食品トレーのシェアトップ企業を作り上げる》

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第6回は、エフピコ 創業者 小松 安弘(こまつ やすひろ) [1937-2017]を取り上げました。
「忍(がまん)」の経営を50年貫き、食品トレーのシェアトップ企業を作り上げる
ぜひご一読ください。
    
    1937(昭和12)年、岡山県後月郡井原町(現・井原市)に生まれた小松安弘は、興譲館高等学校を経て、1960(昭和35)年、日本大学経済学部を卒業。東京トヨタディーゼルに2年間勤務した後、妻の実家がある広島県福山市に帰りました。新規事業の立ち上げを模索中、義父の知人から、アメリカで流行っている軽くて丈夫な断熱性に優れた発泡スチロール製の容器を見せられ、一目で日本での流行を予感し事業化を決意。1962(昭和37)年、義父らの支援を受け、福山市霞町に「福山パール紙工株式会社」を設立し、スーパーマーケット向けの「発泡スチロール食品トレー」の製造を開始。 1968(昭和43)年、業容拡大に伴い、本社を現在地(福山市曙町)に移転しました。
    食品トレーといえば「白トレー」が常識だった1981(昭和56)年、安弘は業界初の「カラートレー」の製造を開始。単なる容器に過ぎなかったトレーを、食品の美味しさを演出する道具に変えたことで、消費者から支持されて爆発的に売れ、飛躍の契機となりました。その後、1989(昭和64)年1月1日にCIを導入、「株式会社エフピコ」に社名を変更しました。
    1990(平成2)年には、食品トレーの再生事業に取り組み、エフピコ方式のリサイクルを開始、この「トレー to トレー」は世界初の循環型リサイクルとして注目を集めました。そして、1991(平成3)年、使用済みトレーで作った再生トレーが完成し、「エコトレー」としてリサイクル食品容器で初のエコマーク表示の認定を取得しました。その後、回収拠点の急拡大と自社物流網の構築により全国的なリサイクルが可能となり「トレー to トレー」は軌道に乗りました。さらに、2008(平成20)年には透明容器のリサイクルを本格的に開始し、2012(平成24)年にはPETボトルを回収して透明容器に再生する「ボトル to 透明容器」を強力に推進しました。
    安弘は、事業の発展には、たゆまず商品開発し続けなければならないと考え、色やデザイン・素材・機能などあらゆる観点から徹底的に検討し、毎年数百点を商品化しました。加えて、訪問頻度こそ業績向上の鍵とし、自らもお客様への定期訪問を徹底。そして、全国の繁盛店の売り場を再現し、お客様の売上拡大につながるトータルな提案を行う新製品展示会「エフピコフェア」を毎年開催するなど、営業力の強化にも力を入れました。
    また、障がい者雇用への積極的な取り組み(2025年雇用率12.6%)や、援助を必要とする子供たちに学資を支援する「公益財団法人小松育英会」の創設、市民と福山市立大学の新たな交流拠点設立への多額の寄付など、地域社会に大きく貢献しました。  
    安弘は、創業以来3度の経営危機を経験する中で、業績が好調でもそれは一時的なものと自らを戒め、油断せずにがまんしなければならない、「経営とは忍(がまん)である」との信念の下、日々事業経営に当たり、一代で業界最大手の食品トレー製造会社を作り上げました。
    

写真提供 : 株式会社エフピコ
    

写真提供 : 株式会社エフピコ
    
    
[初出:中国ビジネス情報2025年6月1日号・びんご経済レポート2025年6月1日号・ラジオコラボマガジン『RB』2025年夏号]