第 5 回 掛谷 宗一(かけや そういち)[1886-1947]
《「掛谷問題」を提起した数学者》

第5回は、「掛谷問題」を提起した数学者 掛谷 宗一(かけや そういち)[1886-1947]を取り上げました。
《面白い問題を考え出し数学者たちを悩ませる、機知に富んだ人》
ぜひご一読ください。
福山出身の優れた数学者 掛谷宗一は、1886(明治19)年、広島県深津郡坪生村(現・福山市坪生町) に生まれました。広島県第二中学校(現・福山誠之館高校)を卒業後、第三高等学校(現・京都大学)を経て、東京帝国大学理科大学(現・東京大学理学部)数学科に進学しました。在学中に宗一の数学的才能は大きく開花し、2・3年生の時は特待生、3年進級時にはモルレー博士記念数学賞を受賞しました。
1909(明治42)年、宗一は、東大を卒業し、本格的に数学者の道を歩み始めました。特に、多くの重要な研究が、東北帝国大学理科大学(現・東北大学理学部)に助教授として在職中の26歳から34歳までの時期に集中しています。
1912(明治45)年、26歳で発表した「正係数の代数方程式の根の限界」に関する定理は、『掛谷の定理』として世界的に有名になりました。
1916(大正5)年、30歳の時に考えたのが『掛谷問題』です。それは「図形内で、長さ1の線分を1回転させるとき、面積が最小となる図形はどのようなものか?」という図形と面積に関する非常に面白い問題です。このような条件の下で、最小の図形としてまず思い浮かぶのは、「直径1の円」です。それよりも面積が小さいのは、「高さ1の正三角形」です。さらに最小の図形とはどのようなものが考えられるのか…。この探求は世界的な広がりをみせ、解析学の発展に大いに貢献しました。
1928(昭和3)年、日本の学術賞としては最も権威ある「帝国学士院恩賜賞」を受賞。1934(昭和9)年には、これまでの功績が認められ、日本を代表するアカデミー「帝国学士院」会員に選ばれました。
また、11年半にわたり東大理学部教授として学生を教え、その他にも統計数理研究所の初代所長や学術研究会議(現・日本学術会議)議長に就任するなど、わが国の学術の発展に多大な貢献をしました。
「武士は、いつ敵が攻めてきてもよいように、廁(トイレ)に入る時にも槍を持って入っていたという。厠に入っている時に、もし敵が攻めてきたら、応戦のためには狭い厠で槍を振り回さなければならないなあ」と考えていた時に、「それでは、槍を振り回せるような、厠の最低限の広さとはどのようなものか?」と思いついたことが、『掛谷問題』着想の経緯だと言われています。
このように、宗一は、他人の模倣ではなく、常に自分で新しい問題を見つけ、自分の頭で考えるという独創性に富む、非常に優れた数学者でした。
写真提供 : 東北大学史料館
1913(大正2)年、27歳ごろ
雑誌『数学セミナー』
特集 掛谷の問題と実解析
『微分学』『 積分学』のテキスト
※ 愛はすべてを包む ある数学者が、掛谷先生から、平方根マイナス1 √ー1(虚数単位 平方根マイナス1 √ー1は「i(アイ)」という文字で表す)を図案化して染めた風呂敷(物を包んで持ち運ぶための四角い布)をいただいたそうです。そのとき、「数学の記号を風呂敷に染めるというのは面白いですね」と言ったら、掛谷先生から「その意味が分かりますか?」と聞かれました。「分かりません。」と正直に答えたところ、掛谷先生はニヤリと笑って、「愛(i)はすべてを包むというじゃないか」と答えたそうです。とてもユーモアあふれる先生でした。
※『掛谷問題』着想の経緯 本文では、『掛谷問題』の着想について、武士が厠で槍を1回転させる有名なエピソードを紹介しました。これは数学者・矢野健太郎が宗一本人から聞いた話として『数学の散歩道』という本に書かれており、このことからも、宗一がそのように言ったことは間違いないと思われます。しかし、真相は、統計数理研究所に所蔵されている宗一の直筆研究ノート[1916(大正5)年11月23日の箇所]に書かれています。要旨は次の通りです。
「東北帝国大学の食堂で、東北帝大教授・藤原松三郎(ふじわら まつさぶろう)が、正三角の内転形の一つのモデルについて一同に紹介した時、東北帝大総長・北条時敬(ほうじょう ときゆき)が何気なく言った「その図形が1 回転する最小面積の図形は正三角形ですか?」という問いに対して、側にいた宗一は、非常に興味深い質問だと感じ、直ちに「ある図形Xが1回転できる最小面積の領域D(X) は?」という一般化した問題を創りました。」
宗一は、この問題を『総長問題』と名づけて探究。その後、図形Xの代わりに「長さ 1 の線分を 1 回転することのできる領域で、面積が最小のものは何か」という有名な『掛谷問題』を創作しました。
《参考文献》
・『数学セミナー 2002年8月号 特集 掛谷の問題と実解析』
日本評論社 2002年
・『数学の散歩道』
矢野健太郎
新潮社 1972年
《協力》
・東北大学史料館
・福山市 文化観光振興部 文化振興課
[初出/FMふくやま月刊こども新聞2021年12月号]