歴史から学ぶ「福山」郷土の偉人たち

第39回 武田 物外(たけだ もつがい)[1794-1867]

《「拳骨和尚」の名で広く知られた不遷流柔術の開祖》

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第39回は、「拳骨和尚」の名で広く知られた不遷流柔術の開祖  武田 物外(たけだ もつがい)[1794-1867]を取り上げました。
《晩年は勤王の志士たちと交流、長州征討の調停役として活躍》
ぜひご一読ください。
    
    曹洞宗の僧侶で不遷流柔術の開祖・武田物外(物外不遷)は「拳骨和尚」の異名で知られ、怪力ゆえに数多くの逸話が残されています。鞆の浦の沖にある走島で、滞在中の庄屋屋敷(村上家)の床柱を殴って拳骨の痕を付けました。その床柱は鞆の保命酒製造・岡本亀太郎本店に「怪力無双 物外和尚拳骨床柱」として今も展示されています。また、鞆では物外の不遷流柔術道場が栄えました。
    1794(寛政6)年、物外は、伊予松山藩士・三木平太夫信茂の長男として生まれ、5歳のとき寺の小僧となりますが、手に負えない腕白者でした。12歳で広島伝福寺の観光和尚の弟子となり、仏道修行しながら難波一甫流柔術の道場に通いました。翌年、国泰寺に移り坐禅修行。
    1809(文化6)年、子供同士の口げんかが発展し、茶臼山で大がかりな合戦を企てますが、事前に発覚。合戦場所を検分した役人は、陣立てや地雷等の本格的な仕掛けに驚愕、物外は取り調べに「『太閤記』を読んで工夫した」と答えました。首謀者の物外は観光和尚から勘当され追放。国泰寺を追われてからは、大坂(現・大阪)に出て托鉢修行しながら儒学を学び、その後、諸国を遍歴。
    物外が曹洞宗の総本山・永平寺の学寮にいたある朝、誰の仕業か寺の釣鐘が地面に置かれており、修行僧たちが総がかりで吊り直そうとしましたが、鐘はびくとも動きません。そこへ物外がやってきて「うどんをごちそうしてくれるなら吊ってやる」と言うので、修行僧たちが了承すると、物外は軽々と鐘を持ち上げて吊り下げ、首尾よくうどんにありつきました。この犯人、実は物外で、その後もうどんが食べたくなると釣鐘を下ろしたそうです。
    また、江戸滞在中には、浅草の古道具屋で見つけた碁盤が気に入り「今は購入代金がないので売らないでとっておいてくれ」と言うと、店主は手付けを要求。物外は碁盤を裏返して殴り、拳骨の痕を付けて手付けとしました。  
    28歳で観光和尚の下に帰り、1828(文政11)年、尾道済法寺の住職となりました。物外は、柔術以外にも剣術、鎖鎌術、手裏剣術、十手術、槍術、杖術、薙刀術、弓術、馬術など多くの武術を習得、中でも鎖鎌を得意としていました。様々な武術の技を研究、「不遷流」という流派を興し、寺を道場に不遷流柔術を教えました。物外の名は全国に知れ渡り、入門者は増え続け門弟3千人といわれました。
    ある日、寺の境内の掃除をしていると、武者修行中の武士が訪ねて来て物外の在宅を聞くので、手合わせをするのが面倒くさい物外は不在と答え、長さ2m85cm、幅1m10cm、高さ80cmの花崗岩でできた手水鉢の一角を持ち上げて移動させ、箒で石鉢の下のゴミを掃き出しました。その怪力ぶりを目の当たりにし恐れをなした武士は、一目散に退散したそうです。
    晩年には新選組局長の近藤勇と立ち合い、持っていた木椀2個で近藤の槍を挟んで負かしました。幕末、京都に上り長州征討の中止を孝明天皇に嘆願し、幕府と長州藩との調停に尽力。1867(慶応3)年、京都から尾道への帰途中、病により大坂の旅館で亡くなりました。
    
    

物外和尚拳骨床柱
〈写真提供 : 岡本亀太郎本店〉
    

晩年の物外和尚
〈写真提供 : 済法寺 〉
    

物外和尚が持ち上げたと伝わる手水鉢
〈写真提供 : 済法寺 〉
    

鎖鎌を持った物外和尚
〈『今世日本勇士鑑』より〉
    

物外和尚の墓
〈写真提供 : 済法寺 〉
    
    
《参考文献》

・『考証 日本武芸達人伝』
  綿谷雪
  国書刊行会 2014年
    
・『新修 尾道市史(第二巻)』
  青木茂
  尾道市役所 1972年
    
・『當山九世物外不遷大和尚 百五十回忌法要記念誌』
  中山英三郎
  大興山 済法寺 2016年
    
・『季刊 禅画報 第11号』
  千眞工藝 1990年
    
・『拳骨和尚』
  土師清二
  自由書房 1946年
    
・『鞆のいぶき〈鞆今昔物語姉妹篇〉』
  表精 1989年
    
・『備後ゆかりの歴史人物伝』
  田口義之
  福山リビング新聞社 1995年
    
・『講談全集 第九巻』
  大日本雄辯會講談社 1929年
    
・『拳豪伝』
  津本陽
  講談社 1985年
    
・『武術業刊第二集 今世日本勇士鑑』
  綿谷雪 編
  渡辺書店 1979年
    
・『尾道の芸術文化』
  尾道大学地域総合センター 2007年
    
・『尾道今昔』
  入船裕二
  ぎょうせい 1995年
    
・『図説 尾道・三原・因島の歴史』
  郷土出版社 2001年
    
・『御調群誌』
  御調郡教育会
  臨川書店 1985年
    
・『武芸流派大事典』
  綿谷雪・山田忠史
  新人物往来社 1969年
    
・『尾道人物史』
  楠務
  中国観光地誌社 1963年
    
・『拳骨和尚大暴れ』
  あやめ文庫 1951年
    
    
《協力》

・済法寺
    
・福山市中央図書館
    
・岡本亀太郎本店
    
    
[初出:FMふくやま月刊こども新聞2025年5月号]