第11回 佐沢 太郎(さざわ たろう) [1838-1896]
《 わが国最初の教育法令「学制」制定の功労者 》

第11回は、わが国最初の教育法令「学制」制定の功労者 佐沢 太郎(さざわ たろう)[1838-1896]
を取り上げました。
《「学制」制定の最重要書籍『仏国学制』を翻訳》
ぜひご一読ください。
福山出身のフランス学者で文部官僚の佐沢太郎(佐澤太郎)は、 わが国最初の近代的学校教育制度の創設(=最初の教育法令「学制」の制定)に関わり、とても大きな役割を果たしました。
太郎は、1838(天保9)年、備後国品治郡新市村(現・福山市新市町)の三木嘉久平の子として生まれました。12歳の時、父を亡くし母の実家で育てられましたが、15歳で儒学者・江木鰐水の塾に住込みで学び、18歳の時に、品治郡江良村(現・福山市駅家町)の医師・佐沢泰介(佐沢鶴洲)の養子となり、太郎の姓は「三木」から「佐沢」に変わりました。
20歳で藩校誠之館(現・福山誠之館高校)教授・寺地強平(寺地舟里)から蘭学(オランダ学)を学び、その後大阪の緒方洪庵の適塾(現・大阪大学)で学びました。1863(文久3)年、福山藩より「洋学修行」を命じられていた太郎は江戸藩邸に入った後、開成所(現・東京大学)で仏学(フランス学)を習得し、その後開成所の先生になりました。1868(明治元)年に藩の命令により福山に戻り、藩校誠之館の先生になりましたが、1871(明治4)年、福山県(旧・福山藩)の廃止で職を解かれました。翌1872(明治5)年、東京の文部省(現・文部科学省)で働くことになり、この時進められていた「学制」制定において最も重要な参考書籍となったのが、太郎が翻訳した『仏国学制』でした。
太郎がいた福山藩では、明治政府の「学制」に先立ち、藩内の学校教育制度改革を2度行なっていました。1868(明治元)年の第1次教育改革は、旧教育の枠内の改革にとどまるもので、とても新時代に対応できるものではありませんでした。それから2年後の1870(明治3)年、フランスの学校教育制度を模倣した第2次教育改革に取り組み、太郎も改革の実施に当たりました。何と小学・中学・大学の3段階学校制度というフランス型の学校教育制度は、明治政府の「学制」公布の2年前に、全国に先がけ福山藩ですでに導入されていたのです。
明治政府は、アメリカやイギリスのように多様性に富んだ制度よりも、もっとも整備されて中央集権的なフランスの学校教育制度を参考に、「学制」を立案、1872(明治5)年にわが国最初の教育法令として「学制」が公布されました。
「学制」による学校教育制度は当時としては世界的にみても、とても水準の高いものでしたが、財政上の裏付けを欠いた「学制」はわずか7年の短命に終わり、1879(明治12)年にはアメリカの教育制度の影響を強く受けた「教育令」にとって代られました。その後もプロイセン(現・ドイツ)型の教育制度を取り入れたりしながら、1890(明治23)年に「教育勅語」が発布されるまで、ほぼ20年にわたって、日本の学校教育制度は試行錯誤を繰り返しました。
「学制」公布後、太郎は1874(明治7)年に一旦文部省を辞め、6年間雑誌の編集長を務めた後、文部省に復帰しました。そして1885(明治18)年に文部省を辞めた後は、尋常中学福山誠之館(現・福山誠之館高校)の維持・運営を目的とする「福山教育義会」の幹事兼委員として、誠之館の維持発展に力を尽くしました。
写真提供:(株)日本評論社
佐沢太郎訳『仏国学制』
(1873年、文部省刊)
※「学制」 明治維新によって誕生した明治新政府が初めて定めた近代的学校教育制度。文部省が全国の学校を統括。全国を大学区・中学区・小学区に分け、各学区に大学・中学・小学を1校ずつ設けようとするもので、身分・性別に区別なく国民皆学を目指しました。
※『仏国学制』の謎
①『仏国学制』という本は、何を手本としてできたものか、あるいは何の原書を翻訳したものか、よく分かっていません。
②『仏国学制』の出版は1873(明治6)年で、1872(明治5)年の「学制」発布後になります。したがって、 『仏国学制』稿本が「学制」起草の最重要の資料として利用されたことになっていますが、 肝心の『仏国学制』稿本の存在が現在に至るも不明です。「学制」原案策定時点ではまだ稿本は完成しておらず、フランス教育法規の資料とそれを訳した資料を参照して「学制」原案を策定したのかもしれません。
※全国に先駆けた福山藩の教育改革 本文で触れているように、明治政府の「学制」制定2年前の1870年(明治3)年、福山藩はフランスの学校教育制度を模倣した第2次教育改革を実施しました。このことは、永井道雄元文部大臣が、自著『近代化と教育』の中で、全国に先駆け「フランスの教育は、福山藩において、実験ずみであった。」と記しています。
《参考文献》
・『駅家人物略傳 いにしえわが町の先覚者たち』
園尾裕 2000年
・『誠之館百三十年史 上巻』
誠之館百三十年史編纂委員会
福山誠之館同窓会 1988年
・『近代化と教育』
永井道雄
東京大学出版会 1969年
・『人間シリーズ クローズアップ 備陽史』
田口義之
福山商工会議所 2003年
・『新市町史 通史編』
新市町史編纂委員会
広島県芦品郡新市町 2002年
・『学制論考』
井上久雄
風間書房 1963年
・『講座 日本教育史』第2巻 近世Ⅰ/近世Ⅱ・近代Ⅰ
「講座 日本教育史」編集委員会 編
第一法規出版 1984年
《協力》
・園尾裕氏
[初出/FMふくやま月刊こども新聞2022年7・8月合併号]