第 2 回 井上 角五郎 (いのうえ かくごろう)[1860-1938]
《「ハングル」普及の功労者 》

第2回は、「ハングル」普及の功労者 井上 角五郎(いのうえ かくごろう)[1860-1938]を取り上げました。
《朝鮮で初めて「ハングル」を使った新聞を発行》
ぜひご一読ください。
「ハングル」を広めた最大の功労者・井上角五郎は、1860(万延元)年、備後国深津郡野上村(現・広島県福山市古野上町)の農家・井上忠五郎の五男として生まれました。幼少より極めて学業優秀で、9歳のとき特例で藩校誠之館(現・福山誠之館高等学校)に入学、14歳のときには、なんと村の小学校教師となりました。
1879(明治12)年、19歳のとき、郷里の先輩・小林義直を頼って上京。小林の勧めで、慶應義塾を開いた福沢諭吉の弟子となり、福沢家に書生として住み込み、慶應義塾に通いました。卒業後も福沢に師事したことが、のちにハングルとの出合いにつながりました。
福沢は朝鮮の近代化に協力したいとの強い思いから、一般の朝鮮人でも文字が読めるようにするためにはどうすべきかと考え、漢字とかなを使った日本語を参考に、表意文字の漢字と表音文字のハングルを組み合わせることを思いつきました。もともとハングルは、朝鮮で1443(李氏朝鮮 : 世宗25)年につくられましたが、当初からほとんど使われておらず、あくまで漢文中心の社会でした。福沢は、弟子の角五郎に命じて、ハングルの活字を日本でつくらせ、1886(明治19)年、朝鮮で漢字とハングルの両方を初めて使用した新聞『漢城周報』を創刊しました。この新聞の発行によって、朝鮮半島でハングルが広く使われるきっかけをつくりました。今、ハングルが使われているのは、福沢と角五郎のお陰ともいえます。
また、政治家としては、1890(明治23)年の第1回帝国議会衆議院議員に初当選以来、連続14回も当選し、1924(大正13)年まで衆議院議員を務めました。
実業家としての角五郎は、製鉄業こそが近代化の根幹であると考え、1907(明治40)年に北海道で製鋼と兵器製造を目的とした日本製鋼所を設立、さらに1909(明治42)年に北海道炭鉱汽船輪西製鉄場(現・日本製鉄北日本製鉄所)を開設したことにより「鉄のまち室蘭」が誕生、「室蘭製鉄業の祖」として、今でも室蘭の人々に「角ちゃん」の愛称で親しまれています。他にも京釜鉄道や南満州鉄道(満鉄)等、多くの会社設立に関わりました。
生まれ故郷の福山では、1910(明治43)年、若者の能力向上と図書館設置の準備として、私財を投じ「井上巡回文庫」を開き、深安・沼隈2郡の小学校に巡回して人々に図書を貸し出しました。その後、芦品郡も巡回の対象に広げるなど、角五郎は教育面においても郷土に多大な貢献をしました。
写真提供:井上育忠氏(井上本家)
井上角五郎の和歌
井上角五郎の『般若心経頌』(号:琢園)
井上角五郎の『十六大阿羅漢因果識見頌』 (号:琢園)
※「ハングル」 朝鮮語を表記するための表音文字。1443年に李氏朝鮮第4代国王の世宗によって作られました。「ハングル」制定時の正式名称は「訓民正音(くんみんせいおん)」、民に訓(おし)える正しい音という意で、当初から卑語(ひご)の文字という意味で「諺文(おんもん)」と呼ばれました。
※小林義直(こばやし よしなお)[1844-1905] 明治時代の医師・蘭学者。
幼時より神童の呼び声高く、江木鰐水に儒学、寺地強平(舟里)に蘭学を学び、27歳で大学東校(現・東京大学医学部)少助教、のち著述に専念し多数の医学書を著しました。
※ 『漢城周報』(1886年創刊) 朝鮮初の近代的新聞『漢城旬報』(1883年)の後継紙。ハングルで書かれた最初の新聞で、漢字混合文を基本とする一方、内容によっては漢文もしくはハングルのみによる朝鮮文で記述されました。
※巡回文庫 巡回図書館と同じ意味で、車に図書を積み、定期的に各地を巡回して貸し出しをする公共図書館サービス。 角五郎が開いた「井上巡回文庫」の図書は、1925(大正14)年の郡制廃止と同時に、各郡小学校へ分配寄贈されました。
※角五郎の五男・井上五郎[1899-1981] 中部電力社長(後に会長)、中部経済連合会会長、日本気象協会会長等を歴任。勲一等旭日大綬章。
中部電力社長時代に推進した井川ダムは、「五郎」の名を冠し「井川五郎ダム」と名付けられました。
《参考文献》
・『伝記叢書43 井上角五郎先生伝』
近藤吉雄
大空社 1988年
・『三田の政官界人列伝』
野村英一
慶應義塾大学出版会 2006年
・『室蘭に製鉄・製鋼所をつくった井上角五郎翁』
伏木晃
(私家本) 2016年
・『人間シリーズ クローズアップ 備陽史』
田口義之
福山商工会議所 2003年
・『井上角五郎は諭吉の弟子にて候』
井上園子
文芸社 2005年
《協力》
・井上育忠氏
・伏木晃氏
・福山市 文化観光振興部 文化振興課
[初出/FMふくやま月刊こども新聞2021年7・8月合併号]