第31回 石井 卓雄(いしい たくお)[1919-1950]
《ベトナム独立のために戦った残留日本兵》

第31回は、ベトナム独立のために戦った残留日本兵 石井 卓雄(いしい たくお) [1919-1950]を取り上げました。
《ゲリラ戦を得意とする精強部隊を作り、ベトナム独立に貢献》
ぜひご一読ください。
アジア・太平洋戦争終結後、残留日本兵たちはベトナムの独立のため、再植民地化を狙うフランスと戦いました。その中で重要な役割を果たした人物が、旧日本陸軍少佐・石井卓雄です。
1919(大正8)年、卓雄は広島県福山市北吉津町に、父久雄、母ていの長男として生まれました。大阪偕行社附属小学校(現・追手門学院小学校)、大阪府立今宮中学校(現・今宮高等学校)、陸軍予科士官学校を経て、1940(昭和15)年、陸軍士官学校を卒業後、騎兵少尉として善通寺の騎兵第11連隊留守隊に配属。1941(昭和16)年、第55師団の騎兵第55連隊中隊長に就任、アジア・太平洋戦争が始まると、ビルマ(現・ミャンマー)の戦いに従軍しました。
1945(昭和20)年、卓雄は第55師団参謀部付将校となり、25歳で日本陸軍最年少の少佐に昇進。 その後、第55師団は連合国軍のインドシナ侵攻に備えてビルマ戦線からカンボジアへ移動、そこで終戦を迎えました。日本が連合国に無条件降伏すると、ベトミン(ベトナム独立同盟)[ベトナムの独立運動組織]主導の下、ベトナム全土で人民が蜂起し、ベトナム民主共和国(DRV)の樹立を宣言。しかし、フランスが再びベトナムを植民地化しようと企て、ベトナム独立戦争が勃発しました。
そうした中、卓雄は「敗北の帰還兵となるよりも同志と共にベトミンに身を投じ、大東亜建設の礎石になりたい」との強い想いから、師団司令部の了承を得て離隊。第55師団の有志と義勇軍を結成し、カンボジアからベトナム南部に潜入。DRV南部抗戦委員会に迎え入れられた卓雄は、ベトミン大佐として残留日本兵を集めフランス軍と戦いました。こうして卓雄を始め約800名(人数は諸説あり)もの残留日本兵たちがベトナム独立戦争に参加。その一方で、独立戦争に加わるのは職業軍人の任務と考える卓雄は、日本に家族を残している召集兵たちには帰国するよう説得しました。
1946(昭和21)年、ベトナム中部にあるクァンガイ軍政学校の教官に就任した卓雄は、実戦経験のある中級幹部を対象にゲリラ訓練等の軍事指導を行い、ベトミン将兵の育成強化に努めました。卓雄は旧日本軍時代に日本本土決戦に向けゲリラ戦を研究、ゲリラ戦のスペシャリストとして、持てるノウハウを余すところなくベトナム人に教えました。
1948(昭和23)年、フランス軍が北上しクァンガイ地方が戦場になると、卓雄は第308小団顧問に就任。卓雄の優れた作戦指揮により第308小団は精強部隊となり、「どこでも勝てる第308小団」という歌がベトナム中部全域で流行しました。
1950(昭和25)年、卓雄はベトナム南部でフランス軍と交戦中、フランス軍が仕掛けた地雷により戦死しました。
ベトナム独立戦争当初、貧弱な武器しか持たなかったベトミンですが、旧日本軍から近代兵器を提供され、さらに多くの残留日本兵たちがベトミンとして独立戦争に参加。そして卓雄らによりゲリラ戦が得意な将兵に育ったベトミンは、戦力を大幅に強化しベトナム独立の大きな原動力となりました。今日、残留日本兵の活躍は高く評価されています。
写真提供 : 陸上自衛隊 善通寺駐屯地
ベトナムに建立された
石井卓雄を称える石碑
陸上自衛隊 善通寺駐屯地 乃木館内の展示
※ベトナム残留日本兵の数 600人説、800人説、900人説等、諸説あり。ここでは800人説を採用。
※ゲリラ戦 後のベトナム戦争で、最新兵器で重武装したアメリカ軍は、北ベトナム(ベトナム民主共和国)によるゲリラ戦に大苦戦。
※ 頌徳碑(しょうとくひ) 1969(昭和44)年、卓雄を称える石碑を部下たちがサイゴン(現・ホーチミン市)に建立、現在は陸上自衛隊善通寺駐屯地乃木館内に移設。
※残留日本兵の評価 ベトナム人民軍総司令官ヴォー・グエン・ザップらベトナムの要人たちは、弱小だったベトミンの将兵を育成し、作戦指揮や軍事指導にも大きな貢献をした残留日本兵の活動を高く評価。
《参考文献》
・『ベトナム独立戦争参加日本人の事跡に基づく日越のあり方に関する研究』
井川一久
東京財団 2005年
・『日越関係発展の方途を探る研究』
井川一久
東京財団 2006年
・『クァンガイ陸軍士官学校 ベトナムの戦士を育み共に闘った9年間』
加茂徳治
暁印書館 2008年
・『動きだした時計 ベトナム残留日本兵とその家族』
小松みゆき
めこん 2020年
・『ヴォー・グエン・ザップ将軍とベトナム近現代史』
菊池誠一
本の泉社 2022年
・『人民の戦争・人民の軍隊 ヴェトナム人民軍の戦略・戦術』
ヴォー・グエン・ザップ
中央公論新社 2002年
・『ベトナム人民戦争の戦略家 ヴォー・グエン・ザップ』
ジェラール・レ・クアン
サイマル出版会 1975年
・『ボー・グエン・ザップ回想録 総蜂起への道』
ボー・グエン・ザップ
新人物往来社 1971年
《協力》
・陸上自衛隊 善通寺駐屯地
[初出/FMふくやま月刊こども新聞2024年7・8月合併号]