第27回 榮久庵 憲司(えくあん けんじ)[1929-2015]
《インダストリアルデザインの巨匠》

第27回は、インダストリアルデザインの巨匠 榮久庵 憲司(えくあん けんじ) [1929-2015]を取り上げました。
《ヒロシマの原爆体験が、デザイナーとしての原点》
ぜひご一読ください。
大量生産を前提とした多種多様な工業製品の形状や色彩などのデザインを「インダストリアルデザイン(工業デザイン)」といいますが、日本でこの分野を切り拓いた第一人者が、榮久庵憲司(栄久庵憲司)です。
1929(昭和4)年、憲司は東京府北豊島郡西巣鴨町滝野川(現・東京都北区滝野川)に、浄土宗の僧侶の長男として生まれました。榮久庵家は、曽祖父の代から広島県沼隈郡郷分村(現・福山市郷分町)にある浄土宗永久寺(現・廃寺)の住職をしていました。憲司が生まれた翌年、父が開教使となり一家でハワイに移住、憲司はアメリカのモノ文化に触れて育ちました。現地の小学校に通っていましたが、父の病気で帰国。東京の小中学校を経て、1945(昭和20)年、広島江田島にある海軍兵学校に入学しますが、まもなく終戦を迎えました。
終戦後、家族の住む広島市に戻った憲司は、原爆で焦土と化した凄惨な光景を目の当たりにして大きな衝撃を受けました。そうした中、夜のとばりの中から、焼き尽くされ、破壊され、ねじ曲げられたモノたちの「元に戻して欲しい」という悲痛な叫び声が、憲司には確かに聞こえ、モノを救済することが自分の進むべき道だと自覚。この体験が憲司のデザイン活動の原点となりました。
その後、一家は伯母がいる広島県沼隈郡鞆町(現・福山市鞆町)の阿弥陀寺に身を寄せ、憲司は福山誠之館中学校(現・福山誠之館高校)の4年生に編入、卒業後は東京の新制高校等を経て、1950(昭和25)年、東京藝術大学(東京芸術大学)美術学部工芸科図案専攻に入学しました。
1952(昭和27)年、憲司は大学在籍中に小池岩太郎助教授の下で、友人たちとグループ・GK(Group of Koike)を設立。数々のコンペに入選し賞金を獲得(GKは後にデザイン会社へと発展)。憲司は、原爆症で他界した父の後を継ぎ一旦は僧侶への道を歩みますが、大学卒業前年にデザインの世界で生きることを決意。卒業後はアメリカ留学を経て、1957(昭和32)年、デザインの世界を世に広めるため「GKインダストリアルデザイン研究所」を設立し所長に就任しました。
憲司は、私たちの日常生活のあらゆる場に、優れたデザインを数多く残しています。代表的な作品に、1961(昭和36)年発売のキッコーマン醤油卓上瓶があります。醤油といえばキッコーマンというブランドを確立、発売から半世紀以上、一度もその形を変えることなくロングセラーとなっています。その他、ヤマハのピアノやオートバイ、秋田新幹線こまちや成田エクスプレス、ゆりかもめなどの鉄道車両、郵便ポスト、コスモ石油やJRAなどのロゴマーク等々、多数のデザインを手がけました。
「美の追求により、モノの具えは生きるべき道を得て道具となり、人は道具を通じて生きる道を拓くことができる」という独自の『道具論』を説く憲司は、工業デザイン界のノーベル賞・コーリン・キング賞や世界で最も歴史と権威のあるデザイン賞・コンパッソ・ドーロ賞の国際功労賞を受賞するなど、海外でも高く評価され、世界のデザイン界の発展に貢献しました。
写真提供 : GKデザイングループ
初期のヒット作品
キッコーマン醤油卓上瓶
(写真提供 : キッコーマン)
僧侶姿の榮久庵憲司
(写真提供:GKデザイングループ)
※「榮久庵」の名前の由来 憲司の曽祖父は頼山陽の弟子でしたが、出来があまりよくなかったため、郷分村の永久寺に出されたといわれています。寺が小さかったため、永久寺は「永久庵」ともいい、その永久庵が「えくあん」と発音されて「榮久庵」となったといわれています。
※阿弥陀寺 1565(永禄8)年の創建。阿彌陀寺は、地元の人たちからは「あみだいじ」と呼ばれて親しまれています。本堂には「鞆の大仏」と称される阿弥陀如来坐像が鎮座しています。また、江戸時代から残る梵鐘もあり、山門の右手には、「鞆の津塔」と呼ばれる江戸時代前期の石塔が12基並んでいます。
※ キッコーマン卓上醤油瓶 デザインに当たっての最大の難関は、醤油を注ぐ時に、醤油のしずくが垂れないようにすることでした。当初の注ぎ口の下側が突き出た受け口の形ではなく、逆転の発想で注ぎ口に60度の角度で逆に切れ目を入れたところ、うまくいきました。
※ コンパッソ・ドーロ(黄金のコンパス)賞の国際功労賞 2014(平成26)年に、世界的デザイナーのジョルジオ・アルマーニやアメリカのアップル社と並んで受賞しました。
《参考文献》
・『デザインに人生を賭ける』
栄久庵憲司
春秋社 2009年
・『インダストリアルデザインが面白い』
栄久庵憲司
河出書房新社 2000年
・『モノと日本人』
榮久庵憲司
東京書籍 1994年
・『幕の内弁当の美学 日本的発想の原点』
榮久庵憲司
朝日新聞社 2000年
・『インダストリアル・デザイン 道具世界の原型と未来』
栄久庵憲司
日本放送出版協会 1971年
・『榮久庵憲司とデザインの世界』
黒田宏治 編
美学出版 2016年
・『榮久庵憲司の世界』
榮久庵憲司顕彰プロジェクト 2023年
・『榮久庵憲司とGKの世界 鳳が翔く』
世田谷美術館 2013年
・『今よみがえる郷土の偉人たち』
子どもが科学に親しむ場を創る会(出版部会) 2022年
《協力》
・GKデザイングループ
・キッコーマン
・小畑和正氏
[初出/FMふくやま月刊こども新聞2024年2月号]